無垢の予兆

言葉の出枯らし

春の街

 

春だ。

桜が満開だ。

 

私の職場まで駅から歩いて15分ほどかかるのだが、その途中に桜並木がある。

桜の季節になるとたくさんの人で賑わっている。

夕方になるとスーツ姿の新入社員たちがぞろぞろ歩いていたり、どこかの会社の団体が宴会をひらいていたり、家族連れが写真を撮っていたりとじつに賑やかだ。

 

ここの桜がとても見事なので、わざわざ他の場所でお花見しようとは思わない。通勤ついでに見惚れながらひとり花見を楽しむ。

去年は夜に会社を抜け出して休憩がてら夜桜を見た。

深夜2時なのにわりと人がぽつぽつと居て驚いた。

会社帰りのスーツ姿の男女が桜も見ずにうなだれて話していたり、「オレたち、ひよったよなあ~」と言いながらキャリーケースをひきずる少年たち、夜桜を撮影しようとカメラをかまえる男、缶コーヒーを飲みながら桜を見上げるタクシー運転手。そしてサンドイッチを頬張る私。

平成の桜も令和の桜も変わらず美しい。

 

話は変わるがそろそろ引っ越したい。

でも今住んでいる街からは出たくない。

横浜から東京に越してから私はずーっと同じところに住んでいる。

だからこの場所しか知らない。

職場からもまあまあ遠いし、通勤快速が止まらないからいつも間違えて次の次の駅まで運ばれる。

でも、治安も良いし、お気に入りのパン屋やカフェや雑貨屋がある。

夏になるとグラウンドで夏祭りがあって、それなりに賑やかだ。

私はこの街が好きだ。

だから住居だけ変えようと思う。

引っ越しはだいぶ前から考えていたのだが、いざ荷造りしようとするとまったくやる気がおきない。

つい半年前まで、わたしのアパートの騒音問題が深刻化していた。

扉を力強く閉めたり蹴ったりする人がいて、何度注意されても直らないらしかった。

 

私も我慢の限界を迎えていた。ある日外出しようとしたところを後ろから呼び止められた。私の上の階に住んでいる女性だった。

彼女も住人のせいで眠れず、管理会社や警察に通報したと興奮気味に喋っていた。

「私の生活音は気にならないですか?」と恐る恐るたずねると「大丈夫よ!あなたとても静かだもの!ここに来てだいぶ経つわよね?変な人が越してくるくらいなら、あなたにずっといてもらいたいわ!」と言うので、ほっと安堵したものの、顔も合わせたことなかったのに私がここに来て長いことをどうして知っているのだろう、と少し思った。

そのすぐ後から監視カメラが設置された。

しばらく経つと騒音も無くなった。

 

 

地元を離れて10年が経とうとしている。

いまだに私は何故ここにいるのか説明できないでいる。

大きな夢も野望も無いのに、家族と離れてまでここにしがみつく理由は何なのか。

 

でも、なんとなく私は一人でいるべき人間なのではないかと思っている。

たまに本当に何もできない自分が嫌になる。ちゃんと大人になれない自分が。

結婚しろとか子供を産めとか言われるけど、今の自分は安易にそれをしてはいけない気がする。

 

他人を受け入れることができるようになったら、私の環境も変化していくような気がする。それはもう劇的に。

乞うご期待。